「願うことを許す」で願望実現!!

「願うことを許す」で願望実現!!

人にはさまざまな願いや夢、希望があります。

努力の末に勝ち取ったり、思いがけなく叶ったり、いつの間にか達成できていたりすることもあれば、どんなに頑張っても実現できない場合があります。

私自身もそのような経験をしてきたので「この違いは何なんだろう?」と思っていました。

昨年から「自己肯定感を上げる」ことについていろいろと試してきましたが、そこで「自分が願うときの心持ちや考え方」が叶う・叶わないに影響を与えているのではないかと感じるようになりました。

「願いが叶う心持ち」とはどのようなものでしょうか。

 

願いが「叶うことを許す」

 

 

「願望実現」についていろいろと調べると「願望が実現することを自分に許す(許可する)」というような概念が出てきます。

例えば、「自分の得意な○○を活かして仕事とし十分に稼ぐ」を願ったとしましょう。

「○○が仕事になるなんて幸せ!!」
「○○が仕事になってなおかつたくさん稼げるなんて最高!!」
「そんな夢のようなことが叶って嬉しい!!」
「私は得意なことを活かして稼げる人間になれるんだ!!」

というように、願ったことが現実になることが当然とか当たり前に思えることが「願いが叶うことを許す」ことになります。このように思えると願望実現の確立はぐっと上がるのです。

 

しかし、「願望実現を許さない」という心持ちもあるのです。それは、

「○○が得意って仕事になるほどの能力ないでしょ??」
「○○なんてそもそも需要ないでしょ??」
「そんなの夢だし。現実的じゃないね。」
「そんなに稼いだら周りに良く思われないよ。」

自分では意識していないかもしれませんが、このような想いが不安や恐怖と共に願望実現を許してくれないのです。なので、いつまでたっても努力しても願いは叶わないのです。

 

自己肯定感が低いと願うことすらできない

 

 

私は、願いが叶わないのは「願いが叶うことを許していないから」ということを知ったので
「OK!じゃぁ願いがかなってもいいよ!幸せになるぜ~っ!!」と考えを改め、

「私は○○という望みが叶って最高に幸せですっ!!」

とアファーメーションをしたりノートに何回も書いてみたりしました。

ところが・・・

なんかしっくりしないのです。心がもやもやするのです。本当に望んでいることのはずなのに何か引っかかるのです。

しばらくして気がつきました。

そもそも「私にはそんなことを願う資格なんかないっ!!」と思っていたのです。

自己肯定感が低いと、叶うことを許すどころか「願うことも許せない」のです。

シンデレラが「私もお城の舞踏会に出たいわ」と願っても、継母や姉たちが「お前にそんなことを望む資格なんてあるわけないでしょ!!」と一蹴してしまうようなものです。

幸せになりたいと願いながら本心では「幸せになりたいなんて100年早いわっ!幸せになってもいい自分になってから言いなさい!!」と決め付けているのです。

こんな心持ちでは願いが叶うなんてありえません。

 

だから「願うことを許す」

 

 

私が自分に「願うことを許していない」と気づいたときは愕然としました。

「そこまで自分を価値のない人間だと思っていたのか」と。

惨めで悲しくてやりきれなくなりましたが、自己肯定感を上げると決めて自分と向かい合うようになったからこそ気がついたことです。

そして、とにかく自分が望むことを否定しないように決めました。「何を望んでもいい」としました。

しかしそんなことを思っても頭の中では別の自分が全力で否定してきます。この勢力を何とかしなくてはなりません。そこで、心の中に「神聖なる空間」を設けました。

 

この「神聖なる空間」では何を望んでもいいのです。叶うとか叶わないとかは関係ありません。

自分が最も望むこと、心地いいことに想いをめぐらすのです。

「おめでたい妄想」でいっぱいにするのです。

 

嫌なこと、嫌いな人、うまくいっていない現実、常識、道徳観などは一切締め出します。この「神聖なる空間」には必要ありません。

自分の人生の主人公は自分自身です。その主人公に思いっきりいい思いをさせましょう。自分中心に世界が動くことを願ってもいいのです。

そんな想いを寝る前にめぐらせるようになったら、ずいぶんと気分が穏やかになってきました。現実は何も変わってはいませんが、「心の中の自由」を取り戻せた感じがして日常のもやもやもなくなってきました。

「こんなことを望んでいいんだ」
「本当はこんなことをしたかったんだ」
「望みが叶ったら嬉しいな」

ということを素直に思えるようになりました。「願うことを許す」ことでこんなにも前向きになれるとは思っても見ませんでした。

なんだか「願うことは叶う」という気になってきました!

 

願うことを一番邪魔するのは「自分自身」

「自分には望む資格もない」とシンデレラのように周囲から言われるわけではないのです。自分自身がそのように決めてしまうのです。

自分のことが嫌いで否定しているわけではありません。願いが叶うことで現状が変わります。その変化が怖くて願うこと・叶うことに抵抗するのです。

潜在意識は変化を嫌います。現状維持装置が働くのです。たとえその変化が自分にとって喜ばしいことであってもです。いろいろな情報や現実を見せつけてきて願うことを阻止します。

 

  • 宝くじで大当たりしたいなぁ ⇒ 宝くじで大金を得た後人生が破綻した人の話題を目にする
  • セレブになりたいなぁ ⇒ セレブや上級国民の不祥事発覚のニュース速報
  • 結婚したいなぁ ⇒ 友人の結婚生活がうまくいっていないとの噂
  • 海外旅行したいなぁ ⇒ 世界各地で災害や飛行機事故、デモが起こっている
  • 会社を辞めて起業したいなぁ ⇒ 家族が猛反対

 

このような情報や現実は全て自分があることを望むと「そんなことが叶っても所詮うまくいかないよ」と願うことを阻止するために働くのです。意地でも現状を守ろうとするのです。

「家族が猛反対したら家族が邪魔しているんでしょ?」となるのですが、自ら発している「反対されるかも?」という雰囲気を忠実に反応してくれていると思ったほうがいいです。

家族や周囲の反対を受けないようにするには「願いが叶うまで秘密厳守すること」です。

他人を使ってまでして自分自身が「願うこと・叶うこと」の邪魔をしているのです。

 

本当に願うことを遠慮しない

 

「最高のビジョンを最大のバージョンで望むこと!!」

 

実は願い事に大小はないと言われています。

  • 小さい願い事は叶うが、大きい願い事は叶わない
  • どうしてもお金の願い事だけが叶わない
  • 叶うのはどうでもいいことばかり

こういうことがあるかもしれませんが、それは全て次のように潜在的に思っているからかもしれません。

  • 小さい願い事は叶えてもいいけど大きいことを望む資格なんてないよ
  • 大金は人生を狂わせるからお金の願い事だけは叶わせない
  • どうでもいいことばかりでも叶うだけいいよね。それ位が身分相応よ。

 

「自分の人生」というドラマの主役は自分です。さらに監督も脚本も自分でできるのです。

「お金持ちになる」という最も望むビジョンを持ったならば「小金持ち」ではなく「大金持ち」のバージョンを設定するのです。

願うことに遠慮や妥協は必要ありません。

 

まとめ

自己肯定感の低い私は願望実現どころか、望むことを願うことすらできてはいませんでした。

自己肯定感を上げる、自分を受け入れるというプロセスの中で願望実現に必要なことに気づけました。

「自分の望むことを遠慮なく願うこと」これを許してあげるだけで願望実現に近づきます。なぜなら、願わなければ叶わないからです。願うから叶うのです。

なんの制限もなく夢や希望、願いを描けるときの気分を感じてみてください。とてもほっとした安心した感覚を得られます。それはもう既に願いが叶ったときの感覚と同じです。

願うこと=叶うこと

だれにでも願う自由は与えられています。現状に振り回されずに思いっきり願いを叶えましょう!

 

では、ごきげんよう♪

 

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